2017年10月21日 (土)

「新聞は天下の公器」気骨の新聞人、後藤清郎(岩手県)

 雨の日、風の日、これからは雪の日だって届けられる新聞はありがたい。ところが近年、新聞をとらない家、読まない人がふえているようで残念、勿体ない。日々の愛読紙とは別に旅先で読む地方紙もまた旅の楽しみを増すし、どこに行っても新聞があるといい。  『岩手の先人100人』で<反権力貫いた気骨の新聞人、後藤清郎>を読み、当たり前のようにある新聞の大切さ、発行し続ける大変さに改めて思い至った。新聞には不偏不党...

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2017年10月14日 (土)

武道女子、ナギナタ師範・園部秀雄(宮城県)

 ブログ記事。誰にしようか迷うと県史や地域史を見るが、そこに人物史があるといい。無名でも優れた人物に出会え、識るとうれしい。ところで、そうした人物編は男子がほとんどだが気にしたことがなかった。ところが、『宮城縣史29・人名編』の男性編・女性編、男子に劣らず女子も多く登場し、女性編にも多くの頁を割いていて珍しい。  それで、男子は外で活躍、女子は内を守るという風が今でもあり、自分も専業主婦で満足して...

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2017年10月 7日 (土)

英国公使館員アーネスト・サトウが信頼する会津藩士・野口富蔵(福島県)

   東海道、掛川の宿。深夜、イギリス公使館員サトウ一と画家*ワーグマン一行は抜き身をもった暴漢らに襲撃され、あわやのとき日本人従者野口富蔵は  ――― 私は刀を振りかざし一喝して彼らの前面に躍り出たところ、その勢いに驚いた彼らは一斉に向きを変えあわてて姿を消した。と、背後で物音がしたので振り返ると、刀を構え今にも攻めかかろうとした男がいた。われわれはこの敵と直面し、私は左手に拳銃をかま...

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2017年9月30日 (土)

銀座の大久保彦左衛門・毛糸輸入の元祖、三枝与三郎

 子どもの時から本さえ読めればよく、結婚相手もサラリーマンにした。そしたら相手は、よく働きよく遊ぶ会社人間で深夜帰宅はざら、読書時間は山ほどあった。雑読乱読するうち歴史好きになったが、教科書にでてくる偉人より無名人物に興味がわく。そうした人物名を覚えていると子孫や研究者の書いた小伝に出会えたりする。なかでも博覧強記の著者による伝記は小編でも人物像が浮かびおもしろい。とくに*内田魯庵は多彩な同時代人...

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2017年9月23日 (土)

明治の肥後熊本(熊本県)

   あんたがたどこさ 肥後さ 肥後どこさ 熊本さ    熊本どこさ 船場さ 船場山には狸がおってさ     それを猟師が鉄砲で撃ってさ    煮てさ 焼いてさ 食ってさ     それを木の葉でちょいとかぶせ  博物館や資料館には他館の案内があり持ち帰るが棚に置きっぱなしも多い。先日、整理していたら10年前の<熊本県歴史資料保存講演会>パンフレットがあった。  ――― 歴史資料は私たちの先祖のたど...

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2017年9月16日 (土)

学者木に登る、リンゴの神様・島 善鄰(岩手県)

 以前、縁があって「安行植木と農業ノート」の冊子を作った事がある。近代史に詳しい郷土史家に切り花、苗木、生産・耕地・水利・農事などの組合、植物検査所など80項目をあげてもらって、とりかかったものの近所の図書館には資料がない。今と違ってネット検索など思いもよらず市史編纂室や県文書館、国会図書館に通うしかなく、カードをめくって資料や冊子を選び、閲覧請求した。  まあ、その甲斐あって新聞・広報誌で紹介さ...

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2017年9月 9日 (土)

明治の数学教師・亀田米子と裁縫教師・中川つる(宮城県)

 ――― 「戦後に強くなったのは女と靴下である」と言われているが、過去の女性が余りに弱かったがために強く感じられるのであって古い時代の女は決して男子に劣っていなかったことが歴史に残されている・・・・・・徳川時代に入ると儒教からでた「女の三従七去」の法で完全に縛り上げられてしまった・・・・・・女訓書が次々に出され女の道を教え・・・・・・  ――― 女子の私立学校は洋裁を主流とし、和裁・編み物・料理・...

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2017年9月 2日 (土)

陶磁研究の先駆、奇人・塩田力蔵 (福島県)

 気付けば9月、秋は来ぬとトンボがスイー。思いなしか風も爽やか、たまには縁側でお茶にしよう。さっそく、*万古焼の急須で緑茶を淹れ、狭い縁側に座ればまさにご隠居さん。ただし、このご隠居さん、飛んだり跳ねたり忙しく、若い人とおしゃべりして気は若い。でも、ときに若い世代の感覚に差を感じて「へーそうなんだ」と相づち。ところが、若い家庭は「急須どころかヤカンもない」と聞かされたときには「エッ-」 驚いている...

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2017年8月26日 (土)

水の土木遺産・堰堤 (東京・秋田・愛知・大分)

 大きな災害が絶えない。宇宙へいける科学技術をもってしても自然は制御できない。と、偉そうだが筆者にとって科学=難解、イメージできない。土木に関しても同様だが成果は目に見えやすく、堤防や水門を目にすれば、「土木が支える社会」がうなづける。近代の公共事業では、それまで「普請」といっていたのを 「土木」というようになった。  土木というと間口が広く身近な面もあるが、その割に「土木」とついた本をあまり見か...

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2017年8月19日 (土)

努力的天才の日本画家、堅山南風 (熊本県)

 コンサートや展覧会に行くとたちまちその世界に引きこまれる。会場を後にするとき、昂揚して自分もがんばろうと思ったりする。こうした楽しみをもてるのは平和だからこそ、戦争中はそうはいかない。若くして死去した洋画家・松本竣介は戦時において時代にあらがいつつも、自己を主張し画業につとめた。それよりずっと早く生まれ、長生きした日本画家・堅山南風は戦時をくぐり抜け、画境を熟していった。洋画・日本画、夭折・長命...

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«「生きてゐる画家」 松本竣介 (岩手県・東京府)