2017年3月25日 (土)

矢巾町、旧煙山村の明治・大正 (岩手県)

 野球WBC侍ジャパン楽しませてもらった。でも雨のドジャースタジアムで勝利叶わず残念、力が抜けた。友だちからも、脱力感ハンパナイメール、勝負の世界は厳しい。  夫は甲子園出場経験ある高校の野球部だった。思い出話に「ケツバット」があってびっくり。それでも、厳しく辛い野球漬けを振り返るとき、いつも生き生きしていた。その表情を見ていると、汗と土まみれの日々こそ青春と思えた。春寒の今、甲子園では未来の侍ジ...

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2017年3月18日 (土)

仙台縣・烏賊(イカ)大漁・演説会・民情 (宮城県)

 東北は、美味しいものがたくさんあって景色がいい所。それに加えて震災以来、福島・宮城・岩手を記事にしているうちに興味がましている。震災以来、応援の気持ちで書いてるつもりが今では励まされ、生意気にもお互い頑張りましょうと声をかけたい。  ところで、3月は卒業・転勤など別れの季節。地元に止まる、県外へ出るなど、各々の道を行くでしょう。息子は10余年前、福島県に転勤。その折、大きな買い物は仙台でと話して...

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2017年3月11日 (土)

長州人の懐に飛び込んだ会津人、日下義雄(福島県)

 2011年3月11日、東京電力第1原発の3号機が水素爆発を起こした東日本大震災から6年。6年の歳月は小学1年生が中学生、中学生は大学生・社会人と決して短くない。だが今もふるさとに帰れず、困難続きの被災者が多い。他郷で厳しい状況に耐えているのにイジメがある。あんまりだ。どうして、そんなひどいこができる。災難、明日は我が身なのに。 それでも被災にめげず復興に努める人々がいる。   <被災地に笑顔呼ぶ...

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2017年3月 4日 (土)

明治・大正・昭和の小説家・随筆家、永井荷風

 テレビ番組「探検バクモン」を楽しんいるが、先日は<辞書>、広辞苑の編輯部を訪れていた。自分の『広辞苑』をみると、昭和三十八年第一版第十一冊とかなり古い。  先日、その広辞苑が1600頁でぱっくり割れてしまった。引きづらいし、言葉は変化してるし、第六版に買い替えたらよさそうだが歴史好きの筆者には古い方がいい。  それにしても、明治期刊行の辞典・事典類はイロハ順、引くのも漢文体を読むのも大変。明治は...

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2017年2月25日 (土)

世のため人のため、横井小楠・時雄父子(熊本)

 わが子が小学生だったころテレビを見ていたら、大活躍したお子さんを喜ぶ誇らしげなお母さんが映っていた。そこで「あなたたちが活躍したら私が母ですって名乗りでる」と言って笑われた。会社人間の父とノーテンキな母のせいか、子離れする前に親離れされた。その子らも今や受験生の母となり父となり気を揉んでいる。実は私も気が気じゃない。でもまあ、こうした心配ができるって平凡だけど幸せかもしれないとも思う。  ところ...

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2017年2月18日 (土)

漢詩人・ジャーナリスト、上村才六(売剣)その他 (岩手県)

 毎週半ばに採りあげる人を捜すが、すぐ決まるときもあれば迷うときもある。せっかく選んでも資料が見つからず、あっても著作が漢詩漢文でお手上げのことがある。明治人は江戸の教養というか漢詩・漢文がふつうで筆者には困る。多少の読み書き好きでは間に合わない。今回、売剣・詩命楼主人という号からして面白そうだけれど、著作が読めないから止そう。と思ったが関わる人物が多彩で止めるには惜しい。そこで周辺にも触れれば時...

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2017年2月11日 (土)

「河北新報」主筆・仙台メソジスト教会、鈴木愿太(宮城県)

 今、デジタルの世になり情報が満載しており便利になっているが、自分は新聞をゆっくり読むくらいでいい。それでアナログでいいですと言っても用が足りない時がある。情報がネットに溢れているが正しいか、間違いか判らない。かといって、山のような情報を一々調べてはいられない。便利は不便と背中合わせ。  昔は遠くの情報や詳しい事はなかなか伝わってこない。知りたければそこに行かないと解らないことが多かった。それは反...

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2017年2月 4日 (土)

会津藩と北海道、棒タラ・身欠きニシン (福島県)

 2017年、はやいものでもう2月。ということはすぐに<3・11> ――― 今、福島県は地震と大津波に加えて原子力発電所事故、さらに、風評被害によって諸産業が影響を受けています。特に農業、漁業、観光業などが大きな痛手を被っています。一方ではこの事態を乗り越えて、もとの福島県に戻そうとの努力も行われています (『福島県謎解き散歩』はしがき)。  書き出しの「今」は、2011平成23年の地震から3ヶ月...

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2017年1月28日 (土)

中島敦の祖父、中島撫山 (江戸から埼玉久喜へ)

 子どもの頃から本好き。本に夢中になって手伝いをしない、授業中読んでて叱られた。歩き読書で側溝に落ちた失敗は自慢にならない。歩きスマホも危ないと思う。  高校生のときは教科書にあった『李陵』が気に入って、著者の中島敦全集を古本屋で買って読み通した。題材を多く中国の古典から取り入れた数々の名作中、『山月記』の朗読を耳にして愛読してる人もありそう。そうした題材のヒントを得るなどには淵源の存在が欠かせな...

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2017年1月21日 (土)

宮崎4兄弟、八郎・民蔵・弥蔵・寅蔵 (熊本県)

 1870明治3年、熊本から上京した宮崎八郎(宮崎滔天の兄)が、故郷の父へあてた便り、 「早稲田は東京の真ん中より北に当り 日本橋よりも一里ばかり、しごく田舎らしき処にて 甚だ閑静につき、学業には宜しく。(北門社)塾へは西洋人雇い入れ、書生三十人余あり。 塾室も至ってきれいにて 少々の野原も御座候。かつ四方の岡には 樹木、森には生い茂り 父様のお好き遊ばされる様なる処にて御座候・・・・・・ 同塾に...

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«鉄道敷設の技師長は工学博士、野辺地久記(京都・岩手)