«  『桃尻語訳 枕草子』橋本治 | トップページ |  明治・大正の植木通信販売 »

2010年5月17日 (月)

安行村青酸ガス燻蒸(くんじょう)室

 春は風、大好きなケヤキの大木、葉が風にそよいでいるのを見上げているだけで気分がいい。イチョウも今は緑、シイの木は風に裏返った葉裏さえ輝いて ♪さわやか~な緑よ 豊かな緑よ~♪ 音痴を忘れて鼻歌がでる。
 大木も苗木から歳月を重ねて大きくなる。苗木は各地でそれぞれ得意のものが生産されているが、川口市安行の苗木生産は種類が豊富で知られる。植木の歴史を調べたことがあるが、その時、産地を維持する苦労が少し分かった。
 家畜に鳥インフルエンザ、口蹄疫など困った流行があるが、植物にも害虫がつくことがあり、駆除する方法の一つが燻蒸である。以下は明治・大正期の話。
(写真はカリンの花)

.

                    安行村青酸ガス燻蒸室

 安行は明治期になって我が国有数の苗木生産地として知られ、国内はもとより海外へも輸出するようになった。生産が盛んになるにつれて明治34(1901)年頃、東北地方から購入した穂木と一緒に「綿虫」が移入し大被害を受けた。さらに「サンホーゼ貝殻虫」が安行地方一体に猛威を振るい、苗木生産発展の大きな障害となった。
 そのうえ生産量の増大もあって、それまでの[良質な安行苗木]という名声を落とし、
「ドイツの如きは日本苗木の輸入禁止令を発布・秋田県においては購入苗木の焼却を行う(北足立郡長報告)」という事態になった。
 明治39年、農商務省埼玉県農事試験場に補助金を交付し、安行村に青酸ガス燻蒸施設を設けた。明治41年1月から試験を実施「結果すこぶる良好」で、貝殻虫の駆除は好成績を治めた。

 大正8(1919)年、燻蒸手数料を徴収し、県外に移出するもの、県内に供給するものも、県立農事試験場で県技術員立会いの上、青酸ガス燻蒸を行って、燻蒸済みの証明書を交付、大正12年まで継続した。果樹栽培が盛んになるにつれ燻蒸室が不足して増設が計画され、大正5年、戸塚・神根村(現川口市)にも設置された。
 ちなみに大正8年の燻蒸手数料は1000立方尺室は1回1円80銭・500立方尺室は1回1円であった。

  <参考>『埼玉県の安行』『埼玉近代三百年史』『川口市史 近代資料編』

|

«  『桃尻語訳 枕草子』橋本治 | トップページ |  明治・大正の植木通信販売 »

歴史」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 安行村青酸ガス燻蒸(くんじょう)室:

«  『桃尻語訳 枕草子』橋本治 | トップページ |  明治・大正の植木通信販売 »