『大菩薩峠』ヒロイン
大菩薩峠は江戸を西に距(さ)る30里・・・昔、貴き聖が、この嶺の頂に立って、東に落つる水も清かれ、西に落つる水も清かれと願って、菩薩の像を埋めておいた、それから東に落つる水は多摩川となり、西に流るるは笛吹川となり・・・新宿の追分を出て武州青梅から16里、甲州裏街道一の難所たる大菩薩峠にさしかかった一個の武士、机龍之介。
年は30前後、黒の着流しで険しい道を、素足に下駄履きでサッサッと登りつめて峠の上に立つと、ゴーッと、青嵐が崩れる。そこへ坂道を登ってきたおじいさんと女の子の巡礼、龍之介はおじいさんに「あっちへ向け」声もろともにパッと血煙がたつ。何という無惨・・・この「甲源一刀流の巻」からはじまる物語は「椰子林の巻」まで角川文庫で全27巻という大長編である。
この長い物語が好きで中学生の時に出会って以来たみに読み返す。読むたびに違う魅力発見、ヒロインのタイプもさまざまで飽きさせない。
中高生時代は、大菩薩峠で龍之介におじいさんを惨殺された女の子、清く正しく美しく健気なお松が好きだった。
20代では龍之介にかしづく文学少女的な乙女のお雪ちゃんをいいなあと思うようになった。
また庭で三味線をひき座敷にも上がれないような身分から殿様お気に入りとなったきれいなお君ちゃん。どんなに美しいのか見てみたい。そのお君ちゃんを守るムクは犬とはいえ確かな心をもっている。
中年からは、自分の思いのまま生きる甲州の豪族の娘お銀様に魅力を感じる。お銀様はやけどを負わされ恐ろしい顔というが読者には見えない。財力をかけ理想郷を建設しようと伊吹山の開墾にかかるお銀様、知識教養もありスケールが大きい。
映画やテレビの大菩薩峠は、無明の剣士机龍之介の剣さばき、殺陣などが強調されるが、それは魅力の一部でしかない。
時は維新の大運動が展開されようとする幕末、数十人の登場人物が縦横無尽に行き交い、人間界の業相を描いていつ終わるとも知れない。実際、作者中里介山の死で未完に終わる。ところで、今は短いのが流行、ツイッターの時代にあって大長編はいかが?は無理な注文か。
ブログも長くなってしまったがもう一言。中里介山は平民社の人々と交流があり同情的であった。無理に縁づければ『明治の兄弟 柴太一郎、東海散士柴四朗、柴五郎』第8章日露戦争「多数の強硬派と少数の非戦論」「大逆事件」・・・当時の介山の心境は複雑だったかも。ちなみに中井けやきの中は中里介山の中ともう一人中島敦の中をいただいた。
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