智恵子は東京には空が無いといふ/高村光太郎
新宿駅近く都庁方面の交差点にたって信号待ち、どこを向いてもビルばかり。ビルは高かったり低かったり、中にはしゃれた外観のもあるけど、ビルの谷間の空は四角い。
青信号になって横断歩道を渡りながら「東京の空は四角い」というフレーズが浮かんだ。渡りきったところで「智恵子抄」の一節を想い出した。
ビルだらけの直線的な街頭で昔読んだ詩を想ったのは、並木が黄葉してるからかな。それより連れ合いが体調を崩しているからか。
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あどけない話
智恵子は東京には空が無いといふ、
ほんとの空が見たいといふ。
私は驚いて空を見る。
桜若葉の間に在るのは、
切つてもきれない
むかしなじみのきれいな空だ。
どんよりけむる地平のぼかしは
うすもも色の朝のしめりだ。
智恵子は遠くを見ながら言ふ、
阿多多羅山の上に、
毎日出てゐる青い空が
智恵子のほんとの空だといふ。
あどけない空の話である。
日清戦争
おじいさんは拳固を二つこしらえて
鼻のあたまに重ねてみせた。
――これさまにちげえねえ。――
原田重吉玄武門破りの話である。
――古峰が原のこれさまが
夜でも昼でも往つたり来たり、
みんな禁廷さまのおためだ。
ありがてえな、光公。――
わたしはいつでも夜になると、
そつと聞耳を立てて身ぶるひした。
たしかに屋根の上の方に音がする。
羽ばたきの音が。
*禁廷様:天皇の敬語。
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