函館氷、中川嘉兵衛略伝
猛暑。連日35度以上をどうやって耐えてる?節電したいけど「熱中症で老女倒る」も情けなくクーラーが頼り。水分補給にフルーツジュースに氷を浮かべる事も。氷は冷蔵庫にいくらでもあり、コンビニでも買える。昔は氷屋さんに注文していた。東京の下町。氷屋さんのリヤカー、荷台のゴザをめくると大きな氷塊、鋸を引くシャッシャの響きが涼しい。
氷、昔は貴重で高価だった。幕末にアメリカのボストン天然氷がアフリカの喜望峰を経由、半年以上かけて横浜に運ばれていた。その氷に着眼したのが中川嘉兵衛である。
中川嘉兵衛(1817文化14.1.14 ~ 1897明治30.1.14、愛知県伊賀村生)
嘉兵衛は16歳で京都に出て巌垣松苗翁の門に入り漢学を学ぶ。横浜開港を知るとまず江戸へ出、外国人の嗜好品や日常を知ろうとイギリス公使館のコックになった。その頃、アメリカ人宣教師ヘボンと出会い、氷が医療用や食品の保存にとって非常に有益である事を教わった。嘉兵衛は氷の安値販売事業に一生をかけようと、資金作りにかかった。
1861文久元年牛乳販売所を開業、福澤諭吉に「これからは皆が牛乳や牛肉を食べるようになる」と聞いたこともあり牛肉も売った。毎日、横浜から牛肉を買い取り、江戸高輪・東善寺の英国公使館へ納めた。ただ、当時は京浜間に鉄道はなく暑い盛りは牛肉が腐敗することもあったので幕府外国掛の許可を得て1867慶應3年、と(屠牛)場を設立した。
嘉兵衛は日本の新聞広告をだした人物第1号といわれる。*『萬国新聞紙』創刊号(慶應3年1月)に「パン、ビスケット、ボットル」の広告を、同6月に「仙薬熱病丸」と「牛肉販売」(牛肉部分図と等級)などを出している。いろいろな商売をしていたようだ。
さて、嘉兵衛は牛肉商売を堀越藤吉に譲って、氷事業に取りかかった。ちなみに、堀越は中川という名義をそのまま用いて牛肉を販売した。
*萬国新聞: イギリス領事館付宣教師べーリーの翻訳新聞、邦字新聞の祖といえる。外国新聞を訳出して英仏米露など国別に海外の概況を知らせようとした(石井研堂 『幕末明治新聞全集 2』文久より慶應まで)
いよいよ氷事業にとりかかったが、なかなか思うようにいかない。はじめ富士山麓、富士川沿い鰍沢に氷池を作り100トンの氷を作った。木箱におが屑をつめ氷を包み馬で今のJR身延線沿いに運び、帆船をチャーター清水港から横浜に輸送した。しかし盛夏の折から航海中に大半溶けてしまい、多額の借金が残った。2年後、諏訪湖、次いで日光、榛名湖も失敗。1865慶應元年、東北・釜石、翌年、青森・理川でも行ったが又も失敗。失敗の連続だが、驚くことに嘉兵衛はまだ諦めない。
輸送がうまくいけば成功すると確信する嘉兵衛、今度は全財産をつぎ込み北海道に渡る。アメリカから製氷技術者を呼び、榎本武揚の援助、のち北海道開拓使・黒田清隆から五稜郭における7年間の採氷専取権をも獲得した。
1867慶応3年に6回目、250トンを輸送したが暖冬で失敗。それから3年、五稜郭の榎本は政府軍に敗れる。
五稜郭の外堀は、水質が非常に良好で函館からの船便もよく、嘉兵衛はついに500トンの天然氷の採氷に成功、京浜地区への輸送販売にも成功した。
1871明治4年には、函館豊川町に貯氷庫を建設、6年には日本橋箱崎町に開拓使御用地を借り、本格的な大型氷室を建設した。生産量は1200トン、3500トン迄の生産が可能となり、安く品質も良い五稜郭氷は外国産の輸入ボストン氷を完全に駆逐した。
「五稜郭氷」(函館氷)と中川嘉兵衛の名前は、文明開化のサクセスストーリーとして全国に知れ渡った。以後、氷ブームに沸き、関西方面でも新規の池や、氷結する湖で天然氷の採氷が盛んに行われた。東京では岸田吟香が横浜氷室商会を起こした。嘉兵衛とヘボン、吟香とヘボンの関係を思えばありそうな事だ。
さて、氷に夢をかけた男嘉兵衛は、製氷の他に苹果(りんご)の栽培、鱈肝油の製造なども行った。
『中川嘉兵衛伝』には1874明治7年、宣教師ジェームス・バラより受洗。教会へ寄付、事業の献金をし、次男愛咲は東京新栄教会執事、日曜学校でも教えたとある。
氷について、ボストン氷との軋轢、氷水商売、福澤諭吉と氷のエピソードなどあるが、長くなるので割愛。興味のある方は『明治事物起源』『明治東京逸聞史』、また横浜の初めて物語などいかが。
参考: 『氷の文化史』(田口哲也・まな出版企画1994) 『中川嘉兵衛伝-その資料と研究-』(編集・香取組臣国臣・関東出版社昭和57.9) 『北海道史人名辞彙』(河野常吉編・北海道出版企画センター・昭和54)
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私は、ブログ祖父ネットです。お恥ずかしながら八十歳ですが、昔から「中川嘉兵衛」を研究しています。かなり長い間継続しているブログですが、再度中川を私なりに再挑戦したいと思っています。私のブログもにniftyで、「祖父ネット」と言います。時間があったら、ご覧ください。
投稿: 杉山勝己 | 2021年11月 3日 (水) 11時00分