« ああ上野駅 | トップページ | ニンゲンの詩人・草野心平(福島県) »

2013年8月 3日 (土)

『山行』 槙有恒(宮城県)

 7月の三連休初日、家事都合で長野県に行った。新宿から朝一番の高速バスに乗って直ぐからのろのろ運転。中央高速にのっても渋滞は世界遺産・富士山人気もあってか富士五湖辺を過ぎるまで続いた。
 富士山は平安朝の頃にもう登られていたらしい。深田久弥によれば『本朝文粋』の「富士山記」に頂上の様子が記録されているという。まあ、そんな遠い昔はさておき、大正期に12歳で富士山に登った槙有恒少年は、富士登山をして以来、山が好きになってあちこちの山に登り、ついに世界的登山家になった。

                       槙有恒 1894明治27.2.5~1989平成1.5.2。仙台に生まれる。
Photo      写真:槙有恒(『世界教養全集22』より)

 1911明治44年慶應義塾予科入学。1914大正3年日本山岳会入会。慶應義塾大学山岳会創設、近代登山初期は学校山岳部に属する学生らが活躍した。
 1917大正6年慶應義塾大学卒業。翌年アメリカ・コロンビア大学に1年余り留学、次いでヨーロッパに赴きスイスに滞在、2年間にわたりアルプスをくまなく登山した。

 1921大正10年、スイスアルプスのアイガー東山稜初登頂に成功。
 それまでのワラジ履き、掛け鞄、登山杖で一種の旅の延長であった日本の登山に新しい技術を導入、登山界に刺激と影響を与えた。
 その登山記 <アイガー東山稜の初登攀> は槙の著書『山行』にある。登山家はよく読み、思索し、文章がかける。読むと、アルプスの自然、アルプスに生きる人びとが立ち現れ、長く愛されているのを納得。読めば、アルプス1万尺に連れていってもらえる。
 ところで今、本書は古い全集に納められているだけのようで、図書館でも手にとる人は少ないかもしれない。

―――(槙有恒) アルプスにおいての先人未踏の山頂を極めることは、*ウインパーによるマッターホルンの登攀を以て、だいたい終わりを告げたものといってよかろう。
 その後の登山者に残された問題は、同じ山であっても前人未踏の山稜から登ることであった。
 このことは未踏の山頂を極めるのに較べて、華々しくはないが、残されたものだけに実際の登攀の困難はまさるとも劣らない。
(注:東山稜は50年もの間、犠牲もあり誰も成功していなかった)

 1923大正12年1月、まだ冬の登山がまれなころ立山に登り松尾峠で暴風雪のため遭難、同行者板倉勝宣を失う。同年7月、『山行』を改造社から出版、登校精神、山の歴史、技術、山村生活など山の世界を総合的に著した。扉に「此の微いさき書を板倉勝宣君の霊に捧ぐ」と献辞、松尾峠での遭難についても詳しく報告している。
 1925大正14年、日本で初めての海外遠征隊を組織し、カナダ・アルバート峰初登頂
 1926大正15年、秩父宮を案内して、再びヨーロッパ・アルプスに登る。
 1930昭和5年、「アルプスの開拓者・クーリッジ」を書く。『世界人の横顔』(朝日新聞社編・四条書房1930)に掲載された短い文章だが、すぐれた二人の登山家が出会い、高い志と情熱に共感する様が心に響く。山に魅入られた者の心意気に少し触れた気がした。
 1956昭和31年、第3次マナスル遠征隊隊長として初登頂を成功。この年、文化功労者、仙台名誉市民となる。

 槙有恒の文はいろいろな所で引用されている。「山頂の空」(『現代文解釈の要領』千代延尚寿1925)/「アルプスの秋」(『現代文新鈔参考』光風館1926)/「山と或る男」(『中学新国文備考』」(大島庄之助・黒羽英男1926)。
 ほかにも、内務省編纂による『運動競技全書』(朝日新聞社1925)に「登山」を執筆。登山熱の勃興、登山の方法から山案内人、用具などを丁寧に記述(近代デジタルライブラリーhttp://kindai.ndl.go.jp/ )

 参考: 「北海道大学山岳部・山の会-山行/槙有恒」    http://aach.ees.hokudai.ac.jp/xc/modules/Center/Review/meiji/sanko.html 
『世界教養全集22』 山行(槙有恒)/エヴェレストへの長い道(E・シプトン)/山と渓谷(田部重治)/アルプス登攀記(*E・ウインパー)/ 解説深田久弥・平凡社・1969)

|

« ああ上野駅 | トップページ | ニンゲンの詩人・草野心平(福島県) »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 『山行』 槙有恒(宮城県):

« ああ上野駅 | トップページ | ニンゲンの詩人・草野心平(福島県) »