ニンゲンの詩人・草野心平(福島県)
題名は忘れたが山本周五郎の本を電車内で読んで涙が止まらず困ったことがあった。ほんとうに山周はたまらない。そして珠玉の物語の主人公と作者は距離がないと思っていた。ところが『周五郎伝-虚空巡礼』(斉藤愼爾・白水社2013)を読み、安易な思い込みは吹き飛ばされた。胸せまる物語は平坦な生活、円満な人格から創造されたのではなかった。
孫の授業参観、小学生が「蛙の詩」を暗唱すると、教室は明るい空気に包まれた
子どもも喜ぶ“蛙”は一見やさしい、けれど深い。それを生み出した草野心平も又、恵まれない境遇、戦争の時代、あふれる詩心のはざまで葛藤していたのではないか。「周五郎伝」に刺激され、作品と作者の関係が気になった。
草野心平 1903明治36~1988昭和63年。福島県上小川村(いわき市)の旧家に生れる。
父は東京に住居し、1910明治43年、祖父母の家から村立小川尋常高等小学校入学。
1916大正5年、福島県立磐城中学校入学、3年で中退。9年、慶應義塾に編入するも退学、日本脱出を志し、正則英語学校で英語、善隣書院で北京語を学ぶ。10年、中国広州の嶺南大学(アメリカ系ミッションスクール)入学、ただ一人の日本人学生。詩作を始める。
――― 南京で逢った草野心平は中国の藍色の長衫が身に合っていかにも大人のふうがあつた・・・・・・私は草野君等と蘇州や上海を遊んで歩いたが、蘇州では草野君は土産(どさん)の藁靴を四、五足も購ってそれを履き、それまで履いていた靴を手に下げて歩いていた。
(『現代詩』 *百田宗治著・白井書房1948)。
* 百田宗治:詩人。児童生活詩運動を提唱した。詩論集・随筆も多い。
1923大正12年、徴兵検査のため帰国、結果は第二乙種。14年帰国、同人雑誌「銅鑼」を創刊。7月、排日運動激化のため卒業を前に帰国。九段下の寄寓先で高村光太郎を知る。
1928昭和3年、25歳で江島やま20歳と結婚、前橋に移り貧乏生活を送る。詩集『第百階級』刊行。庶民の生活感情やバイタリティがよくでていると評される。蛙の詩が多く、擬声音をよく使うのが特色。
[序]
蛙はでっかい自然の賛嘆者である
蛙はどぶ臭いプロレタリヤトである
蛙は明朗性なアナルシスト
地べたに生きる天国である[生殖 Ⅰ]
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1931昭和6年、上京して麻布十番で屋台の焼鳥屋「いわき」開業、のち新宿角筈に移転。7年、「いわき」を閉め、実業の世界社に入社。すさまじい貧乏生活が続き都内を転々とする。この間、次男が生まれたが産婆代も払えなかった。
1933昭和8年、高村光太郎が工面してくれた旅費で宮澤賢治の初七日のため花巻に。9年、「帝都日日新聞」編集部に移り、口述筆記をしたり記者として記事を書いた。
1935昭和10年、「歴程」創刊。庶民的人間感情・諧謔と風刺の精神をすぐれた詩的造詣でうたい続けた。13年に2ヶ月間、中国に出張。詩集『蛙』刊行。
1940昭和15年、嶺南大学の同窓生、*林伯生の要請で南京政府宣伝部顧問として中国に渡り、以後5年間居住。
*林伯生: 中国の政治家。日中戦争で汪兆銘の和平運動に参加し、傀儡政権の行政院宣伝部長となる。第2次大戦後、南京で銃殺された。
[作品第質(しち)]
地球とともに。
夜をくぐり。
ああ。
最初の日本。
薔薇の山嶺。
写真。草野心平パステル画「不尽山」、現代詩読本より。
敗戦の翌年1946昭和21年3月、帰国。福島県の郷里に引き揚げる。23年~26年、詩集『日本砂漠』、『牡丹圏』、童話集『三つの虹』など。一連の「蛙の詩」によって第一回読売文学賞。随筆集『火の車』
―――[上小川村]
ひるまはげんげと藤のむらさき。/ 夜は梟のほろすけほう。/ ブリキ屋のとなりは下駄屋。/ 下駄屋のとなりは小作人。/ 小作人の隣は畳や。(以下略)
1952昭和27年、小石川に居酒屋「火の車」開店。29年、汪精衛をモデルにした小説「運命の人」を読売新聞に連載。31年、訪中文化使節団副団長として中国を訪問。
1963昭和38年、胃潰瘍で2ヶ月入院。英訳詩集『Selected Frogs』刊行。東村山南秋津に転居。
1966昭和41年、福島県双葉郡川内村に名誉村民としての褒賞「天山文庫」が落成。
1968昭和43年、ソ連作家同盟の招きで訪ソ、ヨーロッパ各地、インドを巡り帰国。44年、胃の3分の2を切除。6月、ハワイ大学に招かれ、日本近代詩史を講義。45年、韓国ソウル・国際ペン大会に出席。53年、対話形式の自伝『凸凹の道』。56年、詩集『玄玄』、随筆集『口福無限』刊行。
1987昭和62年、文化勲章受章。63年没、85歳。
草野心平は詩人。せっかくだから、これと思った詩をきっちり引用したいと思ったが、選べなかった。詩心が無くても感ずるものが多多あり、その世界が広大、作品も数多く、迷うばかり。各詩集の解説に頼ろうとしたがかえって難しく、選ぶのをあきらめた。ただ、次の解説に共感、文章も気に入った。その一部を引用すると、
―――草野心平の詩を読むと、人間が好きになる。心平さんという人間を、という意味ではなく(それももちろんのころだけれど)、人間全体を。会ったことのない人たちも、遠い村・遠い国にいる人たちも、死んでしまった人たちも、これから生まれてくる人たちも。そして人間のつづきとして動物も植物も、だから地球も、だから宇宙も。
(<現代詩文庫1●24 『草野心平詩集』思潮社「ニンゲン詩人――「天」「地」「人」「蛙」の輪舞(ロンド)」 吉原幸子>
その他参考にしたもの。
現代詩読本『草野心平るるる葬送』(思潮社1989)/ 『日本の詩歌21』(中央公論社・昭和54) / 『コンサイス日本人名事典』(三省堂1993) / 少年少女のための日本名詩選集10『草野心平』(あすなろ書房1986)
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2018.8.19
「没後30年 草野心平展」 ―― ケルルン クックの詩人、富士をうたう。
山梨県立文学館の企画展 平成30年9月22日~11月25日
古い記事にもアクセスがあるので、もしかして草野心平にもアクセスがあるかもとご案内。
毎日新聞案内記事によると、カエルと富士山を愛した詩人の作品や生涯の紹介と展示です。
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