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2013年8月31日 (土)

グーテンベルクの活版印刷

 大学の夏休み、通信生はスクーリングで忙しい。大学図書館を利用したくて再び通信教育生になった。 大学図書館は宝の山、近ごろ一般人でも閲覧させてもらえるシステム、学校もあるが、K大は不可なので入学した。その甲斐あって探し物、資料は見つかったが、学費がつきる来年3月まで履修することにして、「図書館・情報学」と「日本政治史」をとった。未知の事が知れ視野も広がるとはいえ、この猛暑にご苦労、物好きだと自分でも思う。

 さて、読書好きにとって本はよい友だちだが、本の物理的な面、形態や素材、歴史など考えたことがない。「図書館・情報学」はその方面を網羅するばかりでなく、著作権や年代、社会にまで踏み込んでい、思ったより興味深かった。しかし、にわか勉強ではこなしきれず纏められないので、一部分だけ書いてみる。

 今、活字離れがいわれて久しいが新刊本は年々7万冊以上、そのうえ電子書籍も登場し紙の本の運命やいかにの状況だ。その本、歴史を遠く遡ると素材は、粘土板、石、金属、絹、木、パピルス、獣皮、紙などさまざま。授業でパピルス(エジプトみやげ)を触らせてもらったがパリッとして紙のしなやかさはない。綴じて冊子にでなく巻物にしたのを納得できる。

 2世紀に中国の蔡倫(中国、後漢の宦官)が、紙の製造方法を改良、和帝に献上したのが紙の始まりと言われる。日本へは7世紀初め製紙法が伝わり和紙に発展した。
 西洋へ紙が伝わったのは、751年、イスラムと唐のタラス河畔の戦による。唐の捕虜から製紙技術がサラセン帝国に伝播したのである。その後スペイン、12世紀末にはヨーロッパ各地に伝播し、王侯貴族がパトロンとなって写本が作られた。

 1455年頃にドイツ・マインツ市のヨハン・グーテンベルクが印刷機を発明。火薬・羅針盤とならび世界3大発明の一つといわれる。
 印刷術の発明により、それまでの写本時代より書物が大量に(200~500部)作られるようになり識字率の向上にも役だった。
 西洋最初の活版印刷、『グーテンベルク42行聖書』は上下2巻で1セット。1頁が40×30cmと大きく、7kgもあり重い。48部が現存し、うち12部は羊皮紙の豪華版である。慶應大学図書館に紙の本、上巻一冊がある。

 ちなみに、グーテンベルク聖書を最初にみた日本人は、福澤諭吉とも。ロシアのサンクト・ペテルブルグ国立国会図書館の訪問者名簿1862(文久2).8.25にサインが残されている。

 48部の聖書は印刷物であっても素材、装飾、製本、印刷文にも違いがあり、同じ本はない。当時、本を買うと「印刷した紙の束」で渡され、それを個個に装幀を職人に依頼したから同じ物がない。
 本の中身、本編についても、別紙で渡される見出し文を本文冒頭に書き写す方式であったから、ついでに書き込み、彩色を施す、或いは何もしなかったりと一冊一冊みな違ってくる。

 こうして作られた本(おもに聖書)は家が買えるほど高価で、買えるのは貴族や大きな修道院に限られた。貴重な本は、個人が所有して黙読するものではなく、音読が普通だった。音読する者を囲んで聞く光景を描いた中世の絵画を見たことがある。
 黙読していると何を読んでいるか解らないので異端の書を読んでると疑われ、また女子の読書も警戒された。

 そのような中世の写本、印刷本の写真をみると、横文字が切れ目なしにびっしり繋がっている。西洋中世の人と雖もこれで読めたのかなと思うが、ラテン語が分かる聖職者たちは不自由なく読めた。
 しかし、時移り読者層も広がり、本の形式や機能(空白、改行など)がふえ、木版による挿絵を入れたり新しい手法がとりいれられ現在の形へと至る。
 また本の種類も増えて、挿絵を取り入れ図版を含んだ科学書、ギリシャ・ラテンの古典など刊行された。

 初期刊本の言語。
 1470年、活版印刷が盛んなグーテンベルクの生地マインツで反乱が起き、印刷職人が各地に散らばった。すると、それまでラテン語がほとんどだった本が、その土地の言語(オランダ、ドイツ、イギリス、フランス他)で出版されるようになった。
 書体も増えて、ルネサンスの人文主義者たちはグーテンベルクのゴシック書体を嫌ってローマン書体の活字を用いて出版した。
 ちなみに、印刷所で活字を拾う職人は形で活字を拾えたから、文字が読めなくても仕事ができた。 

 初期の刊本には著作者や出版、製作年代など今の奥付・刊記にあたるものはなく、それら本をとりまく広範囲の研究がある。グーテンベルク聖書にもグーテンベルクの名はない。それを特定できたのは、グーテンベルクとフストの裁判記録、ピッコローニ(のち教皇)の手紙、装飾職人いれた日付など、さまざまな研究からである。


 

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