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2020年5月 9日 (土)

『ゆかいな珍名踏切』 今尾恵介

 勝負中/ 馬鹿曲踏切(JR東海)/ 洗濯場踏切/ 勝手踏切(羽越本線)/ パーマ踏切(一旦停止)/ ファッション/ 古代文字 ・・・・・・ でも、自由すぎ!深かった。
   これらは、どれもれっきとした踏切の名前である。それにしても著者のいうように自由過ぎ、でも面白そう。
 それにしてもホントに踏切の名前? 著者に失礼なこと思いつつ読み出したら、停まらない。
 『ゆかいな珍名踏切』(朝日新書)、資料調べはむろん現地に足を運、聞き書きもして得た事実をやさしくおもしろく説明、なるほど納得で、現地へ行ってみたくなる。
 なお、踏切の場所を示すのに、地図研究者ならでは地図が掲載されている。その地図で著者の足取りをたどりつつ本文を読むと、旅気分を味わえる。

  ――― 踏切の名前は、命名された時から時間が止まっているものが多い。そのため誰も気に留めなくなった「昔」の風景をひっそり今に伝えている。キラキラした格好いい駅名を付けて不動産を売ろうとするような働きかけも踏切には無縁だ。毎日来る日も来る日も地道に安全を守る踏切の、それぞれ意外に個性に満ちた名前を味わって欲しい。

 そこで、遠方は無理としても近隣の踏切を見に行きたいが、今はコロナ禍で外出は自粛中。不要不急の用しかない身は家にいるしかない。
 巣ごもりが始まったころは、時間はたっぷり好きな本が読めていいと思ったが、甘かった。来る日も来る日も家の中はキツイ。
 好きな時、いつでも外へ出られてこそ、家でゆっくりも悪くないのだ。でもまあ、仕方ない。開かずの踏切を前にしたのと同じ、焦らず待つしかない。
 ところで、化粧をしない私、せめて髪の毛サッパリを心がけているが、美容院はただ今休業中。どうしたものかと思っているせいか、「パーマ踏切」が気になった。

   〔パーマ踏切

 踏切がオシャレ?そういいたくなる踏切は、長野駅から飯山線で役25分、千曲川に近い上今井(かみいまい)駅の少し南側にあるそう。
 千曲川といえば、昔の文学少女は「千曲川旅情の歌」(島崎藤村)が思い浮かぶ。
    千曲川柳霞みて 春浅く水流れたり 
    ただひとり岩をめぐりて この岸に愁を繋ぐ

 さて、踏切に目をもどすと、著者は軽やかに走るディーゼルカーに乗って目的地へ。
  ――― 豊野駅を出て千曲川を右手に進むが、このあたりは川幅が狭く、深い色をした水の滔々たる流れはさすが日本一の長流の貫禄だ。せっかくなので、ひとつ手前の立ヶ花(たてがはな)から3キロほど歩いてアプローチすることにしよう・・・・・・
 ・・・・・・ 現在の国道117号の旧道とおぼしきセンターラインのない道路を線路に沿って歩く。右手に千曲川、前方には高社山(たかやしろやま)が聳えている。別名「高井富士」と呼ばれるように、高井郡(明治12年以降は上高井郡・下高井郡)を代表する独立峰だ。

 読むうち、著者の後について歩いているような気分になり、水の音、吹く風さえ感じられる。そして、著者は歩いている道、目にする川や山を具体的に紹介、土地の歴史まで教えてくれる。歴史好きにはこれがうれしい。

 さて、肝心のパーマ踏切。たしかに美容院はあったが、30年以上も前に移転してしまっていた。たいていの人はこの辺で、ああ残念とつぶやいてお終いにしそうだが、著者は「踏切のすぐ北側のお宅に伺う」のだ。
 そして、パーマ踏切の名の元となった美容院を訪ねる。そうして更に、豊野(飯山線の起点)に移転転したパーマ屋さんにインタビューに赴くのである。
 人は親切、電気パーマの話とかおもしろく全文引用したいくらいだが、今井恵介ファンの愉しみをとっておかないと。

    〔切られ踏切

 房総半島、東京湾に突き出た富津にある「切られ踏切」を教わったとき、ギョッとした。それで、富津在住の人にメールしたところ、近所にあるといい写真を送ってくれた。その後も、話題にしていろいろ調べているという。
 幕末のペリー来航時、江戸幕府は房総半島警備のため、会津藩ほか諸藩が江戸湾(東京湾)にお台場を築くなどして守備した。富津に会津藩の陣屋があったので、『明治の兄弟 柴太一郎、東海散士柴四朗、柴五郎』の資料調べがてら二度ほど訪ねた。
 今でも、展望台から、三浦半島や横浜までも見えたのをはっきり思い出す。
 その節、海を見渡して、黒船の侵入を発見するや直ちに浦賀に向かって漕ぎ出す何艘もの和船を想像することができた。当時、富津を治めていたのが飯野藩で小藩ながら譜代大名である。
 「切られ踏切」は、その飯野藩の陣屋から西へ900メートルほどに刑場があったといい、それが「きられ」の由来だという。踏切に掲げられた看板の写真をみると、ほんとに「切られ踏切道」と書かれている。

  『ゆかいな珍名踏切』(今尾恵介2020朝日選書)
 達人の手にかかると、どんなに小さな踏切も有意義で大切と思えるから不思議。といっても見当つけにくいかも知れないので、<珍名踏切の由来を歩く>に登場する踏切をあげておく。このほか<傑作ふみきり123選>もある。

  勝負踏切――― いかに勝負しているのか?
  観光道踏切――― 観光地がないのになぜ?
  馬鹿曲踏切――― "クルクルパー"の踏切とは?
  壺焼踏切・茶碗踏切・瓦焼踏切――― ひたすら焼き物
  旭ガラス踏切・日石踏切――― 会社名踏切の愉しみ
  日本鋳造踏切・日本道路踏切――― 近代工業の歴史を語る
  共栄館踏切――― 終戦直後のノスタルジー
  パーマ踏切――― 踏切がオシャレ?
  古代文字踏切――― 神秘を語る踏切
  異人館踏切――― 2人の異人さんの謎を解く
  無名踏切――― 名前がないと名乗る踏切
  レコード館踏切――― モダンな空気漂う
  虚無僧踏切――― お坊さんが関係しているのか?
  洗濯場踏切――― 50年前の社交場の跡
  切られ踏切――― 何が切られていた?
  汽船場海岸通り踏切・靴屋踏切――― 賑わいのあとには
  横断踏切――― 当たり前すぎて逆に不思議
  ファッション通り踏切――― 石炭の街になぜ?
  豆腐屋踏切――― 昔ながらの営みを伝える
  かじ踏切――― 火事・家事・舵?
  天皇様踏切――― 日本一ありがたい踏切?
  勝手踏切――― 世にもわがままな踏切?
  国境踏切――― "こっきょう"はどこにある?
  爆発踏切――― 踏切が伝え続ける悲しい物語 

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