将棋知らずの将棋ばなし
子どものころ、「挟み将棋」をして遊んだ。東京下町、縁台将棋の父や近所のおじさん、二つ折りの将棋盤、思い出すと懐かしい。将棋は大人にも子どにもおなじみだった。
夫が何かの時、「桂馬の高とび歩の餌食」といって嗤っていたが、何がおかしいのか分からない。訳をきくと、「桂馬」の動きを説明してくれた。なるほど、駒一つ一つ物語がある。将棋を指せず、棋譜がよめなくても、周辺の物語なら愉しめそう。
新聞などで観戦記を見かけるが、文学者の観戦記もある。素人考えながら将棋は人生に通じる面があるようだし、観戦記は、それも表現していそうだ。
ちなみに、国会図書館デジタルコレクションに、坂田三吉『一手千金将棋虎之巻 』・小野五平『小野名人将棊速成』・『現今名家将棋戦』などある。今や研究にはAIの雰囲気だが、時には昔の名人戦、江戸時代の詰将棋はいかがでしょう。
『詰むや詰まざるや 将棋無双・将棋図工』平凡社(東洋文庫)。
それぞれ詰将棋百番を収録、詳細な解説を加えた本。
江戸の第三代名人・伊藤宗看(将軍・吉宗)「将棋無双」を献上。伊藤看寿(家重)「将棋図工」を献上。二人とも御城将棋に出場している。看寿は7歳で詰将棋の批評をし、兄宗看を驚かせている。
(2020.10.19毎日)--- 「第78期名人戦七番勝負で初めて名人の座に就いた渡辺明名人(36歳)の就位式が東京椿山荘で開かれた」。
渡辺名人は、豊島将之竜王(30歳)に第3局まで1勝2敗とリードを許したが、第4局以降で3連勝し、初挑戦で名人を獲得した。
令和の将棋界、若き天才藤井聡太二冠(18歳) の活躍で盛り上がり見てて楽しい。その一方、36歳の新名人誕生に励まされたのは私だけではないでしょう。その新名人の今日あるをいち早く予見していたのが現役最多、通算1300勝を達成した80歳・加藤一二三九段である。
--- 羽生世代より下、若手の中でもっとも期待できるのはやはり、渡辺明さんだろう・・・・・渡辺さんは羽生世代の厚い壁をはじめて破った若手である(『将棋名人血風録』)。
さて、江戸時代の将棋名人は世襲制、家元制度が採用されていたため実力があっても名人になれなかった。
--- 明治維新後、棋界の実情は現在(昭和41)のように各地の新聞将棋はなく、将棋指し、棋士連中も全国に分散していたので、将棋修行を志す者は、いやでも草鞋、脚絆に、振り分けにした荷物を肩にし、全国のめぼしい棋客の許を、遊歴して腕を磨くほかなかった。名高い棋士の許には、百里の途を遠しとせず、訪ねて行かなければならなかった。
そして運が良い場合でも、一局二局指して貰って、また次の棋士を訪ねて歩かなければならなかった。であるから、この時代の棋士には、草鞋ダコの消えるときがなかった。
現在のように日本の将棋界が、一つに統一されたのは1936昭和11年の棋界分裂から合同した将棋大成会が誕生してからであり、家元制度廃絶後の棋界は群雄割拠の状態だった(『将棋百年』)。
1938昭和13年2月11日、第一期名人・木村義雄の就位式。紀元節のよき日を期し、東京・赤坂表町の大成会本部で、日枝神社宮司司祭のもと、関根十三世名人以下全棋士、および関係者多数の来賓を招いて盛大に挙行された。
1945昭和20年、敗戦。
1947昭和22年、第6期名人戦(毎日新聞)、塚田政夫、木村義雄名人に勝利し新名人となる。二人は2年後、再び戦い木村が勝利、名人に返り咲く。
その木村が名人位を失った年の12月8日、木村は升田幸三八段と対局。むろん新幹線などはまだ無く、戦後の空気が漂う時代の対戦を作家・坂口安吾が短編「観戦記」にしている。
「観戦記」は、棋士二人の印象はもちろん対局の様子、主催側、世相も見えておもしろかった。短編なので全編紹介したいくらいだが、それはあんまりなので一部引用。
坂口安吾「観戦記」
対局は12月9日。名古屋であった。 升田八段は7日に名古屋へついていた。 木村前名人と解説係の加藤博六段、立会人の大成会関本氏、それに私は八日の午前7時40分発急行で東京をたった・・・・・ 午後3時に名古屋について新東海新聞社へ行くと、升田八段もやってきた。
升田八段は初対面だ。復員姿、マーケットのアンチャンという身ごしらえで、ヘンプク(外見)を飾ることなど念頭にない。その面魂(つらだましい)、精悍、鋭い眼光である。 ・・・・・名古屋へつくと、新聞社の親玉連7、8名とコーヒー店へなだれこんで ・・・・・私は自家用のニッカウイスキーをポケットへ入れて東京を出発している。 ・・・・・わが愛用のウイスキーは酒量の少ない木村前名人にグラス2杯だけ分配し、あとは大酒飲みの升田八段と私がのむ。 ・・・・・酔えばどうなるか。わかりきった話である。
・・・・・対局の前夜であるから、少しは酒量を控えるかと思うと左にあらず、升田八段はガブガブのむ。とうとう最後に、木村など全然怖くない、オレが強いに極っているということになる。 ・・・・・酒量は少ないが前名人も酔っ払っている。なんの升田ごとき・・・・・
私は木村、升田どちらも大好きなのだ。棋士のうち、この両名が頭ぬけて好きだ。それは強いからである。
升田八段は旧来の型というものに捉われておらぬ、勝負の原則は、常にただ一手勝てばよいという、その原則を骨身に徹して、常にそこから将棋をさしている人だ。木村前名人もまた本来そういう人である。
・・・・・ 将棋は、勝負は、これ又常に創作である。常に相手に一手勝、いつも一手勝という創作だ。将棋というものを何もしらない私が、天下の前名人に30分ほど将棋の講釈をしたのだから笑わせるが、これも酒のせいである。
(中略)
10時25分対局開始。旅先のことであるから、前名人は背広、升田八段は軍服の復員姿、ちょっと将棋会所の風景で、しかし、キチンと座っているから、なお妙だ。午後2時に中食休憩となるまで、御両名いささかも膝をくずさないから、これには私がおどろいた。
両棋士、全然喋らず、呟きもせず、十六手まで、すすむ。
(中略。肝心の対戦経過、棋譜、解説など割愛)
升田四2金打、二3歩ナル、同王、二4金、三2王、三4金。すると升田八段、
「ウーン、ソレマデカ」と一唸り、五2金、四3銀。そこで升田八段、ペコンと頭を下げた。
そのとき、午後11時55分。
翌日、升田八段は睡眠不足で青ざめていたが、ミレンゲなこところは、まったく、なかった。・・・・・ 対局後はまた、以外に平和、穏やかな御両名であった。にわかに打ち解けて、仲よしになったような様子であった。
「二人は性格が似てるんじゃないかな。ねえ、君」と、木村前名人が升田八段に言う。
・・・・・ 復員ヤミ屋みたいな姿で、平気で東海道を往復している升田は、昔の武者修行と同じような、修行一途遍歴に打ち込んでいる、それだけ生一本な男なのである。卑屈なところがミジンもなく、その謙虚がしみじみと素直にでていて、気持ちがよい。
木村前名人が、又、あの勝った瞬間から、すこしもイヤ味がないので、私は感心した。負けた敵に同情するような安っぽさはミジンもない。そのくせ、勝ったという圧迫を、相手におしつけるようなところもまったくない。まことに自然で、このへんは勝なれた王者の貫禄というものだ。たぶんきわめて心のやさしい人なのだろう。
・・・・・ 二人の今後の争いほど、二人をそだてるものはない筈である。そしてそれをめぐって新人の棋風を一変させ、将棋に革命的な飛躍が行われるに相違ない。
全ての道に、そうあれかし、と私は祈って観戦記を終る。
<プロ棋戦>
各1期の優勝者( )内は対戦者。
名人戦(毎日新聞)1937昭和12年度: 木村義雄(花田長太郎)
九段戦(全日本選手権)(読売新聞)昭和25年度: 大山康晴(板谷四郎)
十段戦(読売新聞)昭和37年度: 大山康晴(升田幸三)
竜王戦(読売新聞)昭和63年度: 島 朗(米長邦雄)
王将戦(スポーツニッポン新聞・毎日新聞)昭和25年度: 木村義雄(丸田祐三)
王位戦(新聞三社連合事務局)昭和35年度: 大山康晴(塚田正夫)
棋聖戦(産経新聞)昭和37年度後: 大山康晴(塚田正夫)
棋王戦(共同通信社)昭和49年度: 内藤國雄(トーナメントによる)
50年度: 大内延介(三者リーグによる)
王座戦(日本経済新聞)昭和28年度: 大山康晴(丸田祐三)
NHK杯争奪戦(NHK)昭和26年度: 木村義雄(升田幸三)
<藤井棋聖、就位式で防衛戦振り返る>
第92期棋聖戦(産経新聞主催)で初防衛を達成した藤井聡太棋聖(19歳)の就位式が10日、東京都港区で行われた。9日に竜王戦七番勝負を終えたばかりの藤井が出席し、「初防衛戦で、力まないように挑戦者の気持ちで臨もうと思った」と当時を振り返った。藤井は6~7月、渡辺明名人(37歳)の挑戦を受けて五番勝負を戦い、3連勝でタイトルを初防衛。その後、王位も防衛。さらに*叡王を奪取して、史上最年少で3冠を獲得した(2121.10.12毎日新聞)。
*叡王戦: 2015年度に新しい棋戦として開始され、2017年度第3期からタイトル戦に昇格した一番新しいタイトル戦。
その他。新人王戦(赤旗)・早指し将棋選手権戦(テレビ東京ほか)・全日本プロ将棋トーナメント(朝日新聞)・女流プロ名人位戦(報知新聞)・女流王将戦(日刊スポーツ新聞)・女流王位戦(新聞三社連合事務局)・大山名人杯倉敷藤花戦(倉敷市・日本将棋連盟)。
参考: 『将棋百年』山本武雄1966時事通信社 / 『日本将棋集成』窪寺紘一1995新人物往来社 /『将棋名人血風録』加藤一二三2012角川書店 / 『坂口安吾全集』1998筑摩書房
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2020.11.26 interview 松浦寿輝さん(毎日新聞)。
「無月の譜」将棋駒を巡る冒険の物語。新連載が12月4日スタートとか、なんか面白そう。
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