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2022年3月19日 (土)

楼蘭・夢酔独言・マルコ-ポーロ・アラビアン-ナイト・ハリス伝

 新聞の本棚欄で井上靖の短編「楼蘭」を見かけ、同じ題材のA・ヘルマン著・松田寿男訳『楼蘭ー流砂に埋もれた王都ー』も読んだのも思い出した。
   ―――往古、西域に楼蘭と呼ぶ小さい国があった。この楼蘭国が東洋史上にその名を現して来るのは紀元前百二、三十年頃で、その名を史上から消してしまうのは同じく紀元前七十七年であるから、前後僅か五十年程の短い期間、この楼蘭国は東洋の歴史の上に存在していたことになる。いまから二千年程昔のことである・・・・・(『井上靖全集』新潮社)。

 楼蘭は大国の中国(漢)と*匈奴(きょうど)の狭間で困難に遭い存続が危ぶまれ、やがて滅んでしまう。
   匈奴:前3世紀から後5世紀にわたり、蒙古地方を根拠にして中国(漢族)を脅かした遊牧騎馬民族。

 2冊の「楼蘭」を読み、大国に接しているが為に攻められる「楼蘭」に同情したが、歴史によくある民俗の興亡と、楼蘭人の悲劇に鈍かった。しかし今、砲架に曝されるウクライナの報道を見る度、戦争の酷さを思い知らされている。
 遥かな紀元前の戦だろうと、現代21世紀の侵攻だろうと戦争は酷い。世界は二度の大戦を経験し戦争反対なのに、他国に侵攻し続ける国は非道すぎる。一日も早い平和を強く願っている。

 ヘルマンの『楼蘭』は東洋文庫の1番、『アラビアン・ナイト第18巻』は551番である。東洋文庫の出版物は多く、東洋に関する史資料の宝庫でもある。
 それぞれの原本、史資料の類いは東京駒込<東洋文庫>に収蔵され、国内外の学者たちが訪れ研究をしている。もちろん一般人も入館でき、筆者みたいな唯の本好きにもいい本が数ある。次は、とある図書館に寄稿した東洋文庫の薦め。
 なお、東洋文庫をみかけたら巻末<書物一覧>をお見逃しなく、多種多様な分野、物語り満載。

 

     『夢酔独言』むすいどくげん
       (勝小吉著・勝部真長校訂 平凡社東洋文庫138)
  <夢に酔って独り言>何これ?こむずかしそうな本になぞ呼ばれたくない。そう思われても仕方ない題名です。でもちょっと待って、これ読んでみると、こんな無茶をしでかす男が、あの勝海舟(麟太郎)の父? びっくりです。
 旗本・勝左衛門太郎こと小吉が自分の遍歴をくだけた言葉で書いた『夢酔独言』。
 自由奔放、喧嘩はたびたび、家出も二度三度、そうなればお定まりの貧乏ぐらし。なのに妻は家を守り、しっかり子育てするのです。自分の連れ合いがそうだったら、冗談じゃないと実家に帰ってしまうところです。
 ところが、この小吉という<男>何とも憎めない、人も慕い寄ってきます。きっと生きざまは野放図だけど、自分を飾る事なく筋が通っているからかも。呆れたり、感心したりのエピソードから感じます。筋の通し方の善し悪しは置くとしてね。それに子供をとても可愛がり、災難に遭うと命がけで守ります。
 江戸城で西郷隆盛と渡り合った英傑、出来の良い息子・麟太郎と父の小吉は、今ならプロ野球オリクッスのイチロウ選手と父、宜之さんの雰囲気が感じられます。父親のタイプは全く違うのにです。そして逸話の数々から、江戸の庶民の暮しが見えます(1996年記)。

    『東方見聞録』全2巻
       (マルコ・ポーロ述・愛宕松男訳注 東洋文庫158)
 「東方見聞録」って聞いたことありません?教科書にあったマルコ・ポーロの『東方見聞録』の現代語訳です。
 日本がヨーロッパに<黄金の国ジパング>と広まったのはこの本から。世界地図を広げてマルコの壮図をたどるのはどうでしょう。曰く、
   ―――諸国の皇帝陛下・・・・・騎士及び市民各位よりはじめ、およそ人類の諸種族や世界各 地域の事情を知りたいと望まれる方々ならどなたでも、まあこの書物を読まれるがよ い。この書物には広汎な東方諸地域、大アルメニア・ペルシャ・タルタリー・インド そのほか数多い諸国の最大の驚異やとても珍しい事柄を収めている、それらはすべて賢明にして尊敬すべきヴェニスの市民、<ミリオーネ>と称せられたマルコ・ポーロ氏が親しく自ら目睹したところを、彼の語るがままに記述した・・・・・(後略)

 注によれば、ミリオーネは「百万長者」また「何につけてもすぐ百万という大風呂敷のマルコ」の意とも。ベニスの商人であるマルコが700年も前にシルクロードを大旅行、元の大都(北京)に到着。帰路は南シナ海・インド洋・ペルシャ湾を経て東方から巨万の富を持ち帰った。それは注のあだ名で実感できる。しかし注を読まず本文のみで興は尽きない。詳細な注はとばして読んでみません?

  過日の毎日新聞、「ええっ、そんなぁ」と驚く記事があった。“マルコ・ポーロは実際に中国に行かなかった”という論文が発表されるというのだ。嘘か真か、まずマルコの旅行につきあってから考えてみません?(1996年記)。

    『ヤング・ジャパン(横浜と江戸)』全3巻
       (J.R.ブラック著 ねず・まさし他訳 東洋文庫166)
 平成8年2月、司馬遼太郎氏が死去した。数多くの名作で楽しみと優れた文化論で日本人に大きな影響を与えた人物の死は、惜しんでも余りある。
 氏が地道に史料を読んだ上で書いていたのを感じとったことがある。
 明治の軍人について調べ、防衛研究所図書館で義和団事変の諜報報告を見たことがある。その後『坂の上の雲』に、あの諜報報告(柴五郎が参謀本部に送信)を読まないと書けないエピソードが出ていて、大作家も同じものを手にしたと感動した。
 そのように、「原本や史料」に接する機会や読む愉しみを与えてくれるのが東洋文庫である。
 『ヤング・ジャパン』は1858安政5年~1877明治10年の、横浜居留地と江戸を中心にペリー来航後の日本を冷静な目で描いている。治外法権のある居留地、外国人の新聞は幕府や明治政府の干渉を受けなかった。その新聞を基に震天動地の乱世、次々やって来る外国との応接・紛争・ミカドと将軍の関係・暗殺までも客観的に記事にしている。読み物としても、文献としても貴重である。
 本編の記述は、<幕府は外国人を保護出来ない、江戸開市に関する幕府の不安>の見出し、本文は13行という具合いである。
 分かりやすい見出し、長くても2ページ前後の本文は読みやすい。幕末明治の激動を味わってみませんか(1996年記)。

    『アラビアン・ナイト』全18巻
       (前島信次・池田修 訳  東洋文庫218)
 春4月。春は若者が出発する季節。けれども踏み出す先が不透明で若者は迷える羊ならぬ狼となって出口を見つけられず、キレル若者数知れず? 数知れずはオーバーだが、<キレル>者が少なくない。自分の痛みは他人も同じと思いやる想像力を持ちあわせてないらしい。
 しかしあふれる想像力と本を抱えている若い人はまだまだいます。それを実感したのが図書館の《十二国記シリーズの魅力を語る/朗読と懇談会》に参加したときでした。中学生から社会人まで若い人ばかり。思わず「年齢制限ある?」そう言うと、まわりで笑い声。
 さすがプロの朗読者、高校生が「本当にアニメを見てるみたいだった!」聴く者それぞれの眼前に一場のドラマが出現しました。続いて編集者を囲んで懇談会。
   ―――友人に薦められ次は自分が勧め。戦うシーンがいい。キャラクターが好き。己を見捨てた友でも苦境に立つと助ける姿に泣けた。上巻がとっても暗く下巻がつまらなかったら「捨ててやる」と思ったのにハマッテしまった。イラストに魅かれた・・・・・。
 それぞれの感想や思い入れに同感。本は年代を超える共通語と意を強くしたが、「イラストが良くて読む」にはやはり年の差を感じました。
 この若者たちから親の世代まで楽しめる本は?
 それにはストーリーが変化に富み、神々も怪獣も活躍、人間と共存する創造の天地が必要のよう。恋に友情、冒険、王子と姫、個性あるキャラクター、妖しいものが登場するけれど現在に通じる厳しい現実がかいま見える。さらに物語の絵手引きともいえるイラスト付き。この注文にあうのが「アラビアン・ナイト」でしょうか。
 大臣の娘シャハラザードが国王に千一夜、物語をするそれです。なあんだ知ってるよと言わないで、アラビア語原典から翻訳された『アラビアン・ナイト』をひもといてみてください。庶民の日常から波乱の物語まで何でもありの中東の昔を楽しみながら、美男美女を満月と讃える詩で砂漠の風土文化を感じとれます。
 ジェット機の時代だからこそ絨毯で空飛ぶ世界は捨てがたい(1998年記)。

    『アーネスト・サトウ伝
       (B・M・アレン 庄田元男 訳  東洋文庫776)
  今、伊豆諸島は大規模な噴火に見舞われた上に地震が続いています。被害に遭われた方たちの困難と苦労は並大抵ではないでしょう。地震の報道を見るたび言うに言われぬ不安が募るのは、無意識にすさんだ世相と結び付けているのでしょうか。
 江戸時代、幕末の安政大地震では江戸の大地が鳴動、家は潰れ火に焼かれ死者は1万とも。その2年前にペリーが黒船でやって来、鎖国日本に開国を迫りました。尊皇攘夷から開国へと激動する社会不安とあいまって、黒船と地震鯰(なまず)の瓦版はブームになりました。次々と来航する黒船、蒸気船で1862文久2年、英国公使館通訳生アーネスト・サトウが来日しました。サトウは姓、父はスエーデン人、母はイギリス人、ロンドンで生まれました。サトウはいかなる人物か、目次の抜き書きをごらんください。サトウを始め外国人が幕末日本に来て維新期に果たした役割、考え方がうかがえます。
  序章  神秘な異国日本へのあこがれ・・・・・十九歳
  第1章 日本における青春の日々・・・・・激動する維新の渦中に異人斬りに激昂する居留地・鹿児島湾の海上戦に参軍・伊藤博文ら維新の志士と交流・パークス公使側近として対日交渉・西郷隆盛から情報を収集
  第2章 シャム・ウルグアイ・モロッコ・日本・清の各公使を歴任・日清後の三国干渉に悩む日本・条約改正日本の近代化を見届ける。
       「日英同盟を経て日露戦争へ」

  サトウは始め通訳生の身分で雑務に追われながら日本語を猛勉強。文書の解読ばかりか<天皇(マジエステイ)と将軍(ハイネス)の用語を峻別>するなど状勢判断の目も養います。巻末に著作目録があるように学者でもありました。
 サトウの父の若い頃はナポレオンの隆盛と統治期間で、ヨーロッパの地図が何度も塗り替えられました。その息子が侍ニッポンで青春の日々を過ごし、外交官として成長していきます。それは日本国の青春と重なるかもしれません。読んでみませんか(2000年記)。

    『ハリス伝日本の扉を開いた男ー』
          (カール・クロウ著 田坂長次郎 東洋文庫61)
 
  たとえば君が 傷ついて くじけそうに なった時は
  かならず僕が そばにいて ささえてあげるよ その肩を
   世界中の 希望のせて この地球は まわってる
  いま未来の 扉を開けるとき 悲しみや 苦しみが
  いつの日か 喜びに変るだろう
  I believe in future 信じてる  (“Believe” 作詞・作曲 杉本竜一)
    
 2005平成17年1月、良い年の始りと信じたい。
 昨年日本は大きな災害にみまわれ、海外の戦争さえも無縁ではありませんでした。そのせいか幼稚園のお遊戯会、園児が歌う“Believe”が心にしみました。現代は幼児だって英語まじりも何のこともありません。ところで、昔の日本は外国語といえばオランダ語でしたから、ペリーが軍艦を率いて浦賀に来港時、“黒船騒ぎ”に対処する言語が問題でした。通訳は日本語 → オランダ語 → 英語の順でした。
 ペリーが「日米和親条約」を結んだ2年後、アメリカ駐日総領事ハリスが下田に来港。ペリーが開いた鎖国日本の扉を「世界通商のために開け放しに」きたのです(但し、鎖国日本は孤立していても世界の出来事に無知であった訳ではない)。

 それでは、ハリスの仕事や下田での生活はどうだったのでしょう。彼は招かれざる客
  ―――日本としては外国人を追払いたいので扱いは冷たく、話相手といえばオランダ生れの通訳兼書記ヒュースケンしかいないという孤独な生活でした。
 ハリスを送ってきた軍艦が帰国した後、ハリスは武力の背景をもたず、伝統も習慣も異なる未知の国日本に滞在。辛抱強く苦心したあげく通商条約を結びました。
 日本人との交渉―――下田の役人や幕府高官と折衝、その時ふるまったシャンパンや贈答品。度重なる会議にも関わらず進展しない条項の確認作業。江戸への旅。不慣れな土地でのやもめ暮し、50歳過ぎの身にはきつかったでしょう。
 しかしハリスが帰国を考えた時、7年前には彼を国外に追放しようとした幕府は彼を引きとめようと、アメリカ政府に請願するなどハリスに栄光を与えました。
 ハリスはニューヨークの陶器商。イギリスから陶磁器を輸入して販売、20年商売してなかなか盛況でした。
 人を引きつけ誰とでもすぐ友だちになれる性格。自身は独学でしたがニューヨーク市教育委員長として熱心に仕事をし、フリーアカデミー(後のニューヨーク市立大学)を創立しています。またアジア各地を旅行し東洋に興味があり、自ら求めて日本へやってきました。
 ハリスは祖国アメリカでそれほど有名ではないようです。その成果は、南北戦争のどさくさに埋れてしまったのでしょうか。
 昨年が日米和親条約150年と知り、ハリスに興味をもちました。『ハリス伝』読んでみませんか(2005年記)。

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