« 挿絵で有名な石井鶴三は画家・彫刻家・版画家、父・石井鼎湖は日本画家、兄・石井柏亭もまた画家・詩人 | トップページ | 加賀百万石の旧城下町・金沢、石川県立図書館・北國新聞 »

2025年11月17日 (月)

お遍路が一列に行く虹の中『風天 渥美清のうた』 & 『寅さんのことば』

     『風天 渥美清のうた』

 もう何十年も前なのかなぁ。夫婦で旅行を楽しみはじめたころ、好きな島崎藤村ゆかりの地、小諸へ行った。
 ところが今、藤村ゆかりの記念館などで見たり聞いたりした事や物を思い出せない。
 まだブログを始める前で書いたものもなく、行ったという事しか思い浮かばない。ボケ始めているのもあるだろうが我ながら情けなく、呆れる。
 ところが同じ日に見学した「渥美清こもろ寅さん会館」の方はよく覚えている。
 藤村詩集にうっとり、長編『夜明け前』に感動した文学少女変じて「寅さん大好きおばさん」の自分しか思い出せない。
 「こもろ寅さん会館」の佇まいや展示も思い出せるのに、藤村記念館を忘れるなんて、まったく~~。
 目当てで訪れた方を思い出せないなんて………。 

 寅さん映画。明治生まれの父と大正生まれの母と三人で、また夫婦二人でも映画館で愉しんだ。
 寅さんは家族で愉しめる。何より笑えて好いですよね。今はテレビでも観られる。
 あんなに笑えてホッとする寅さんの物語、48作もあるって凄い。

 「男はつらいよシリーズ」一作目の翌年の1970年は大阪万博だったそう(1995.10.28毎日新聞・戦後50年日本人の選択・映画監督-山田洋次)。
 それから55年後の2025年、二度目の大阪万博があり、ついこの間閉幕した。
 遺作となった48作目は「寅次郎紅の花」1995平成7年。渥美さん67歳。
 年齢がいってもみんなの寅さんはかっこいい。
 
 映画は柴又や地方のロケ地を訪れたりできるのがまた楽しい。
 その場に立つと、寅さんはもちろん周辺人物も身近に感じられて、いい。
 寅さんを演じる渥美清さんのおかげで、見知らぬ人とも笑えて愉しめる。

 その寅さん映画、どの場面もいいけど、とらやの座敷、茶の間でおいちゃん・おばちゃん・さくらに甥っ子・満男らみんなを前に話をする場面が好き。画面越しながら、その場に居る気で耳を傾ける。
 話し終わってお開きという度に「もうちょっと聞かせて」とせがみたくなる。
 なんといっても寅さんの声と口調がいい、話しぶりは男前だもの。
 寅さんは何作あっても飽きずに愉しめていい。

 しかし、俳優さんとしてはさまざまな役、毛色の変わった人間とか重厚な演技など色々と挑戦したかったのでは………と思うことがある。
 NHKのバラエテー番組「夢であいましょう」は明るく愉しかった。
 渥美さんは寅さんになりきって私生活を消して、観る者を愉しませてくれた。
 そのいろいろを『風天 渥美清のうた』(森英介2008大空出版)を読むまで考えたことは無かった。また、スクリーンの明るい寅さんしか思い浮かばなかった。
 「風天」はその寅さんこと渥美清さんの俳号です。
 『風天 渥美清のうた』には渥美さんの俳句が載っていて愉しい。おそらく、お近くの大抵の図書館にあると思うのでお薦めしたい。
 次はその『風天』から渥美さんの句を引用してみたい。

     お遍路が一列に行く虹の中

   ---全体の掲載季語四千二百。五巻を通して約三万にのぼる例句は全国七百の俳句結社から優れた俳句を募って選ばれた………
  (解説文)四国を巡る遍路道は、」八十八番札所からまた一番札所へと続く円環する道。かつて、遍路とは、故郷を追われたものたちが、現世の苦悩と彼岸への思いを胸に、弘法大師と二人で歩む終わりなき旅であった。

     赤とんぼじっとしたまま明日どうする

   ---赤とんぼ(だけではないけれど)は、秋の日に羽を光らせて「じっとしたまま」でいることがある。………おまえ、明日はどうするんだい。何かアテでもあるのかい。この優しい呼びかけは、もとより自身への呼びかけである。お互いに、風に吹かれて流れていく身なのだからさ。と、赤とんぼを相棒扱いにして喚びかけたところに、生活感のある人間臭い叙情味が出た。………

   ---各方面から高い評価を受けた二つの風天俳句がうまれたのは、朝日新聞の週刊誌「アエラ」の句会だった。渥美の死後、「アエラ」には「追悼渥美清さん 裸の心みせた寅さんの45句(1996.8.19 26日号)、月刊「俳句朝日」には「渥美清さん逝く 絶唱・フーテンの寅さん俳句45句 繊細な感受性とサービス精神」(1996年10月号)という記事が載った。……… 

 

     **   **   **   **   **   **    

   風のふくまま 気の向くまま『寅さんのことば』(佐藤利明2014東京新聞)

 私、生まれも育ちも葛飾柴又です。 帝釈天で産湯を使い、姓は車、名は寅次郎、人呼んでフーテンの寅と発します。

 物の始まりが一ならば、国の始まりは大和の国、島の始まりが淡路島………

 東京でもって迷子になったらな、葛飾の、柴又の、とらやってダンゴ屋を訪ねて行きな。………
 
 ほら、見な、あんな雲になりてえんだよ。………

 それを言っちゃおしまいよ。………

 私はずっと車寅次郎としてこの地球に止まりたいのですが、そうはいきません。………

 レントゲンだってやっぱりね、あれ、にっこり笑って写した方がいいと思うの。だって明るく撮れるもの、そのほうが。………

 そこが渡世人のつれぇところよ。………

 ああ、生まれてきて良かったな、って思うことが何べんかあるじゃない、ね。 そのために人間いきてんじゃねえのか。………

 寂しさなんてのはな、歩いているうちに風が吹き飛ばしてくれらぁ。………

 苦労したんだなぁ、本当に皆さんご苦労様でした。
 ………最終作となった第四十八作『車寅次郎紅の花』のラストで、寅さんは神戸市長田区の被災地を訪ねます。寅さんはこの地で、阪神淡路大震災に遭い、そのままボランティア活動をしていたのです。………(中略)………寅さんとリリーは奄美群島の加計呂麻島(かけろまじま)で楽しい日々を過ごし、二人そろって柴又のくるまやに帰ってきます。………寅さんは柴又を出て、リリーとともに加計呂麻島を終のすみかとする決意をしたともとれる、幸福な場面です。「男はつらいよ」の大団円にふさわしい展開は、何度見ても胸が熱くなります。………(中略)……… 「出会った人の幸せを願う」のが寅さんです。寅さんは旧知の人々と再会して「苦労したんだなぁ、本当に皆さんご苦労さまでした」と声をかけます。これが寅さんの最後の「寅さんのことば」となりました。………(『寅さんのことば』)。

     **   **   **   **   **   **   **   **   **

   けやきのブログⅡ<2020.5.23寅さんの江戸川・葛飾柴又の明治・大正(東京)>
  読んでみようと思われた方は右列、バックナンバーからお願いします。

 

   参考: 『風天 渥美清のうた』森英介2008大空出版 / 『寅さんのことば』佐藤利明2014東京新聞 / 『男はつらいよ 寅さんロケ地ガイド』寅さんDVDマガジン編集グループ=編2013講談社

|

« 挿絵で有名な石井鶴三は画家・彫刻家・版画家、父・石井鼎湖は日本画家、兄・石井柏亭もまた画家・詩人 | トップページ | 加賀百万石の旧城下町・金沢、石川県立図書館・北國新聞 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 挿絵で有名な石井鶴三は画家・彫刻家・版画家、父・石井鼎湖は日本画家、兄・石井柏亭もまた画家・詩人 | トップページ | 加賀百万石の旧城下町・金沢、石川県立図書館・北國新聞 »