文化・芸術

2010年11月17日 (水)

日本映画大学/『映画の真実』

   専門学校「日本映画学校」が来年4月、国内初の映画単科大学として川崎市に誕生、初代学長に佐藤忠男さんが就くという。(毎日新聞“ひと”2010.11.17)。

 映画は子どものころから好きだった。東映の新諸国物語「笛吹童子」や「ゴジラ」などを見た。やがて洋画を見るようになって、アラン・ドロンアンソニー・パーキンスにうっとり。リバイバルで、ジェラール・フイリップをみて素敵だと思った。
 結婚して子育てが終わると、盆暮に夫婦で寅さん映画を楽しみ、時には友人と岩波ホールで洋画「八月の鯨」をみたりした。それらやジェームス・ディーン理由無き反抗」等、だいぶ昔だが忘れられない。
 今もたまには夫婦で映画館に足を運ぶが、テレビでも見る。ついこの間見たような気がする「チェンジリング」を映画チャンネルで放映していて、はやいなと思った。

 テレビやDVDで再度みると、映画館では見逃していたことに気づいたりするから、これはこれでいい。でも、やっぱり映画は映画館で見た方が記憶に残るような気がする。
 『映画の真実』(佐藤忠男・中公新書)を読んでなおそう思った。著者は
「映画は森羅万象を扱うから人間や社会に無関心な人には向かない」というが同感である。

 それにしても映画は何を映しているだろう。何事も美化して描いているかも知れない。
「たとえばアジア映画を観て、アジアの現実がわかるだろうか。映画に描かれた世界は美化されているのでわからないと批判するのは簡単だ。しかし美化された理想に共感しながら見るのも楽しみ方の一つだ」
 『映画の真実』はこのように、文化の多様性を表す映画を語りながら、日本内外の映画入門として読者をひきつける。さて、どこの映画館へ行って何を見ようか。

2010年11月 9日 (火)

『世界盲人列伝』とヘレン・ケラー

 東京ヘレン・ケラー協会 60周年記念チャリティー「ハッピー60thコンサート」2011.1.23(第一生命ホール)
 ヘレン・ケラー記念音楽コンクール出身の一流アーティストと韓国からのゲストを迎えてのコンサートはきっと、素敵な心に響くものになるでしょう。このお知らせを見て、東海散士柴四朗が大正時代に早くも『世界盲人列伝』中でヘレン・ケラーを取り上げていたのを思い出した。
 以下『明治の兄弟 柴太一郎、東海散士柴四朗、柴五郎』(第4章・柴四朗逝く)より引用。
 

 このころ柴四朗は、これまで世界中から集めた数百名の盲人の伝記から295人を選び出し「世界盲人列伝」の原稿を書いていた。編著の動機は、
「失明という不幸にも拘わらず詩文や音楽、学問に傑出した人物が多いのに伝記が散逸していて残念である。そこで自ら著した伝記が読者の心に届き志をたて、また不幸にして失明した人の慰め、自分から努力し励もうとする助けになればよい」という志からであった。
 とりあげたのは、
神瞽(こ)伝。神瞽は楽聖なり」と中国周代からはじまり、欧米・中国・韓国もちろん日本もで最後の「ヘレンクラー女史伝」まで幅広い。ヘレン・ケラーが来日する30余年前すでに
「空前絶後の人とはこの人ならんか。ケラーは一流の婦人記者、思索家、教育家」と讃えている。
 巻末に石川兼六『本朝瞽人伝』著者が跋を寄せているが、四朗は検校などの伝記を探しに盲唖学校を訪ねて石川と面談した。そのさい、
「瞽人伝の続編の計画があるようだが自分(四朗)の原稿が役立つなら、喜んで提供する」と申し出た。志を同じくする者同士と助けになればよいと思ったのだろう。

 この「世界盲人列伝」はあまり知られていないようだ。筆者が閲覧したのは国会図書館蔵で養子柴守明が1913(昭和7)年に再刊したものである。(参考までに国会図書館・請求記号610-167)

2010年9月29日 (水)

秋刀魚の歌(佐藤春夫)

 あはれ 秋風よ 情あらば伝へてよ
―――男ありて 今日の夕餉に ひとり
さんまを食(クラ)ひて 思ひにふける と。

さんま、さんま
そが上に青き蜜柑の酸(ス)をしたたらせて
さんまを食ふはその男がふる里のならひなり。
そのならひをあやしみなつかしみて 女は
いくたびか青き蜜柑をもぎて夕餉にむかひけむ。
あはれ、人に捨てられんとする人妻と
妻にそむかれたる男と食卓にむかへば、
愛うすき父を持ちし女の児は、
小さき箸をあやつりなやみつつ
父ならぬ男にさんまの腸(ハラ)をくれむと言ふにあらずや。

あはれ 秋風よ 汝こそ見つらめ
世のつねならぬかの団欒(マドイ)を。
いかに 秋風よ いとせめて
証(アカシ)せよ、かの一ときの団欒ゆめに非ず、と。

あはれ 秋風よ 情あらばつたえてよ、
夫に去られざりし妻と 
父を失はざりし幼児とに 伝へてよ
―――男ありて 今日の夕餉に ひとり
さんまを食(クラ)ひて 涙ながす、と。

さんま、さんま、
さんま苦いか塩つぱいか。
そが上に熱き涙をしたたらせて
さんまを食ふはいづこの里のならひぞや。
あわれ げにそは問はまほしくをかし。
          (詩集『我が一九二二年』より)

 今年はサンマが不漁でシーズンになっても高値だが、サンマはサンマ、鯛やマグロのように高くない。夕食のおかずに悩んだらサンマ、調理もかんたん焼けばいい。サンマを焼くと「サンマ苦いかしょっぱいか」のフレーズが浮かぶ。

 一人の男が秋風の吹きぬける部屋で、寂しくサンマを食べている。そして過ぎし日の悲しい思い出にふけっている。なんという悲しい詩だろう。庶民の味サンマも詩人の手にかかればドラマの重要物となり、感慨と共感を呼ぶ。(参考『現代詩読本』村野四郎)。
 ちなみに佐藤春夫(詩人・小説家1892~1964)は谷崎潤一郎の夫人の千代子と恋愛関係にあったが別れる。そのあたりから人生に沈潜して悲哀を歌う詩人になったという。作品『小説高村光太郎』『小説永井荷風伝』など。

2009年10月13日 (火)

 展覧会:手にこだわった14人の表現

Photo_20   21世紀・絵画・手の仕事    グループ「手の会」

こだわった14人の表現

会期/ 2009年10月8日(木)~11月4日(水)
会場/ 丸の内、行幸地下ギャラリー
主催:日本建築美術工芸協会
協賛:三菱地所株式会社

                  グループ手の会の14人
大蔦貞男、河村純一郎、北藪和夫、黒瀬道則、甲谷武、小嶋勇、櫻井孝美、笹岡敏明、十河雅典、藤原和子、堀 晃、森竹巳、安原竹夫、山田展也

Photo_21  

続きを読む " 展覧会:手にこだわった14人の表現" »

その他のカテゴリー